ご無沙汰しています。
忙しさのあまり、更新が遅れてしまいました。
村崎塾は7月19日の夏休みから夏期講習に突入しています。夏期講習の最大の特徴は、完全個別指導ということです。それも、ただの個別指導ではありません。
生徒一人ひとりが、どの時間帯に受講するか、そしてどの科目のどの分野を優先して勉強するのか、自分で決めています。つまり、自らの弱みや課題を知り、それらを乗り越えるために、何をなすべきか考える。考えた後に、自ら行動を決する。村崎塾の教育理念は、自ら考え、自ら行動する、ことにあります。
受身の学習では、知識は身についても考える力は育たない。おまけに、意思決定という重要な行為が蔑ろにされがちだ。高校受験、大学受験を突破できても、その後に控えている様々な人生の課題を乗り越える力を育成するには、不十分だろう。
確かに、人に決めてもらうのは楽だ。ただし、時代の趨勢を考えると、意思決定できる人間でないと生き残れないだろう。それゆえ、少々、独特な夏期講習スタイルを貫いている。私見だが、そもそも義務教育課程にはおいて、意思決定の機会が少なすぎる。おまけに一般的な進学塾は短期で効率的に成績を上げるために、一方的で強制的な指導を展開することが多い。
極論だがあえて言おう。日本の教育シーンにおいて、最も大事なことを、教える機会が少なすぎるのだ。それゆえ、自らの言動、行動に対して責任が伴うことが真に理解されていないのだ。私が言うのもなんだが、この国の政治家がシンボリックではないだろうか。
話が大きくそれた。本題に戻ろう。
うちの子どもたちは、全員が夏期講習課題設定シートを記入している。私から何度もダメ出しを受けながら、書き直した子もいる。いい加減な目標設定は許さない。中学3年生は2時間もかかった。しかし、それでいいのだ。自らを知る難しさを学んだことだろう。
そして、一度決めたことは必ず徹底させる。自ら受講日を決めたにも関わらず、無断で遅刻や欠席した子もいた。あまり世代に責任転嫁したくはないのだが、こちらが何も言わなければ平気で休むような子もいる。信じられない感覚だ。塾に来てから、「疲れた。きつい」など言う子にも厳しく対処している。7月の夏期講習第1クールは基礎的な指導が中心だった。毎日、大声で叱り飛ばすことも多々あった。
しかし、多くの子どもたちは確実に成長を遂げている。自己分析が上達した子や、課題設定シートをまとめる子がものすごくうまい子も現れた。計画がシャープなので、自分が次に何をするかわかっているので自立した学習を始める子も出てきた。自分の課題が明確になっているから、鋭い質問が増えてきてドキドキすることも多くなった。
私の理想は「自分で勉強できるから塾に行かなくてもいいや」と子どもたちに言わせることだ。経営的には困るのだが、最終的には自立した人間に育ってほしい。「自分で勉強できるけど、村崎が好きだから塾に行くか」と思ってくれたら、それでいいかなと…。
小学6年生のときの担任だった吉田潤司先生は「自主・自立」の書を黒板の上に掲げておられた。これが今の私の教育理念に繋がっている。そう思うと、教育というのは脈々と受け継がれていくもので、私も繋ぎ通していかねばならないという使命感がある。
日本の西側の小さな私塾だけど、確固たる理念で夏期講習に臨んでいきたい。というわけで、久々の日記は暑苦しくてごめんなさい。8月は10回は更新しますよー!
5月最初の更新ですね。
保護者からも、この日記の反応があるので、頑張って更新していきたいです。
実力テストが終わり、次のテストは6月の中旬の中間考査です。しかし、その前に中体連があります。したがって、生徒たちはどうも勉強に集中できない。気持ちも不安定です。思春期だけに波が荒い、というか・・・。
そこで!
若き塾頭・村崎はどのような作戦を取るのか?!
それは、自身が生徒よりも感情の起伏を激しくする!
ええ、生徒がひくくらいに。
生徒の感情に振り回されるのではなく、こっちが振り回すということです。具体的には表現できないので、保護者の方はお子様に聞いてください。中体連終わるまでは、勉強のことで追い詰めすぎないように配慮しています。中体連が終わると、私は鬼と化します。
一例だけ挙げると、英語の不規則動詞を覚えてない生徒ばかりなので、「T(単語)-1グランプリ」を開催しています。
62個の不規則動詞(今の高校受験はこれだけあれば十分)を、5月中に覚えさせています。毎週、テストをしています。覚えていない単語は、10回ずつ書かせる、という古典的な学習をさせています。それでも覚えていない、書いてこない、という生徒には倍の20回、、さらに倍…。というように徹底しています。
うちは、「反ゆとり教育」の看板を掲げています。意外なことに、生徒は妙に喜ぶんですよね。「反ゆとり教育」という言葉を。また、単語をひたすら書いてくるという反復練習が新鮮なようで、楽しんでいるんです。
そこで。
さらにおもしろおかしくなるよう、単語、漢字などを無駄紙の裏側に書かせたものは、教室の壁に貼っています。関口宏さんのフレンドパーク2のダーツのコーナーがありますよね。的を外した芸能人が、壁に名前を書かれるように、一人ひとり名前を貼り出して、練習してきた単語の書き取りを飾っています。
これなら、覚えている子(書き取り練習の必要性がない)、覚えていない子(書き取り練習が増え、壁に飾られる)、双方ともに評価することができるんです。
偉そうなことを言うようですが、私が大事にしている教育観は、参加者全員にスポットライトをあててやるということです。既に覚えている子、覚えようと必死に書き取りしてきた子、両方とも評価できるような雰囲気作り、ですね。うちの生徒たちは、中学生活の最後に、「自分はこれだけ学習したんだ」という達成感と自信を持ってくれるでしょう。
実際、2回目の単語テストをすると、前回よりも50個以上覚えてきた生徒が二人いました。本当に立派ですね。こちらも、生徒たちが完全に習得するまで反復練習をさせ続けます。
明日は中2プログレスです。実力テストの反省会、ですね。試験後の反省会では、私が特別授業を展開するので、今から資料作りです。
中学2年生のプログレスコースでした。
西中組は実力テストの英語が返却されました。見事な得点で、安心しました。展開次第では満点もありえたな と、指導の詰めの甘さを反省しています。何より、理科・社会のてこ入れが必要なことがよくわかりました。
そこで、授業の冒頭で、以下の問題を出してみました。
<問題>
100gの水に10gの食塩を溶かしました。
この食塩水の濃度を求めなさい。
<反応>
手も足も出ないという表情。彼らは各学校で授業を引っ張る学力上位者だ。こんな問題、習った、習っていないという問題ではない。割合は小学5年生で習っている。数字も100gと10gしかない。しかし、できないのだ。
※ちなみに、あなたはできますか?
<私の雑感>
ゆとり教育は活用に重きを置いたはず。この現状はどういうことだろうか?塾関係者をはじめとする教育関係者のブログを拝見すると、全国的な傾向だそうだ。
私は愛する子供たちに言った。
「たぶん、中国、インドでは君たちと同じ世代の人間はたくさんいて、こんな問題を楽々に解いていくはずだよ。日本は科学、技術で頑張ってきた国だよね。この際、学校で習った、習っていないは、どうでもいいんだ。自分の将来、あるいは日本のこれからを考えたときに、この問題を解けなかったことをどう感じる?」
このあと、社会の地理をする。47都道府県と県庁所在地を書けない生徒も、まだまだいるー!!(涙)埼玉県の県庁所在地は「さいたま」ですよね。ちょっと、ジェネレーションギャップを感じます。
日本地理と日本史は同時進行です。私は歴史を勉強させてから、地理を教える。織田信長、武田信玄の地の利の違い、種子島、関ヶ原の場所、薩長土肥、古代史など、地図を見ながら授業をすることで記憶のインパクトを高めるようにさせている。これは、私の最も得意とする授業展開。大人が聞いても楽しいはず。
せっかくなので、九州について深く掘り下げた。大村市の企業誘致から考える九州の工業、生産と消費の関係性、経営の効率性、東国原知事と大阪府知事選挙と促成栽培とプロ野球のキャンプ、川あるところに平野あり、平野あるところ農業あり。発砲事件などなど、身近なテーマから地理を覚えるのではなく論理的に考えさせるようにしている。
社会は暗記の科目ではありません。実は最も論理的な科目だと思うんですけどね。
理科、社会をして、最後に数学。中学2年の数学は計算(多項式)から始まるので、生徒がバリバリ問題を解くだけ。連立方程式まで、私は休業状態。さびしいなぁ。しかし、単純な計算ミスをする子には烈火のごとく切れるので、仕事がないわけではない。